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2008年7月

8月1日(金)

エレミヤの預言(エレミヤ26・1-9)
  すべての民は主の神殿でエレミヤのまわりに集まった
 ユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムの治世の初めに、主からこの言葉がエレミヤに臨んだ。
「主 はこう言われる。主の神殿の庭に立って語れ。ユダの町々から礼拝のために主の神殿に来るすべての者に向かって語るように、わたしが命じるこれらの言葉をす べて語れ。ひと言も減らしてはならない。彼らが聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかも知れない。そうすれば、わたしは彼らの悪のゆえにくだそうと考えて いる災いを思い直す。彼らに向かって言え。主はこう言われる。もし、お前たちがわたしに聞き従わず、わたしが与えた律法に従って歩まず、倦むことなく遣わ したわたしの僕である預言者たちの言葉に聞き従わないならば―お前たちは聞き従わなかったが―わたしはこの神殿をシロのようにし、この都を地上のすべての 国々の呪いの的とする。」
 祭司と預言者たちとすべての民は、エレミヤが主の神殿でこれらの言葉を語るのを聞いた。エレミヤが、民のすべての者に語るように主に命じられたことを語り終えると、祭司と預言者たちと民のすべては、彼を捕らえて言った。
「あなたは死刑に処せられねばならない。なぜ、あなたは主の名によって預言し、
『この神殿はシロのようになり、この都は荒れ果てて、住む者もなくなる』と言ったのか」と。すべての民は主の神殿でエレミヤのまわりに集まった。

マタイによる福音(マタイ13・54-58)
  この人は大工の息子ではないか。こんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう
〔そのとき、イエスは〕故郷にお帰りになった。会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。
「こ の人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ ではないか。姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう。」このように、人々はイエス につまづいた。イエスは、
「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけてある」と言い、人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。

7月31日(木)

エレミヤの預言(エレミヤ18・1-6)
  粘土が陶工の手の中にあるように、お前たちはわたしの手の中にある
 主からエレミヤに臨んだ言葉。
「立って、陶工の家に下っていけ。そこでわたしの言葉をあなたに聞かせよう。」わたしは陶工の家に下って行った。彼はろくろを使って仕事をしていた。陶工は粘土で一つの器を作っても、気に入らなければ自分の手で壊し、それを作り直すのであった。
 そのとき主の言葉がわたしに臨んだ。
「イスラエルの家よ、この陶工がしたように、わたしもお前たちに対してなしえないと言うのか、と主は言われる。見よ、粘土が陶工の手の中にあるように、イスラエルの家よ、お前たちはわたしの手の中にある。」

マタイによる福音(マタイ13・47-53)
  良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる
〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕
「ま た、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に 入れ、悪いものは投げ捨てる。世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。 悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。
 あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、
「分かりました」と言った。そこで、イエスは言われた。
「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」
 イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去〔った。〕

7月30日(水)

エレミヤの預言(エレミヤ15・10、16-21)
  なぜ、わたしの痛みはやむことがないのですか―あなたが帰ろうとするなら、わたしの前に立たせよう
ああ、わたしは災いだ。
わが母よ、どうしてわたしを産んだのか。
国中でわたしは争いの絶えぬ男
いさかいの絶えぬ男とされている。
わたしはだれの債権者になったことも
だれの債務者になったこともないのに
だれもがわたしを呪う。

あなたの御言葉が見いだされたとき
わたしはそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、わたしのものとなり
わたしの心は喜び躍りました。
万軍の神、主よ。
わたしはあなたの御名をもって
  呼ばれている者です。

わたしは笑い戯れる者と
  共に座って楽しむことなく
御手に捕らえられ、独りで座っていました。
あなたはわたしを憤りで満たされました。
なぜ、わたしの痛みはやむことなく
わたしの傷は重くて、いえないのですか。
あなたはわたしを裏切り
当てにならない流れのようになられました。

それに対して、主はこう言われた。
「あなたが帰ろうとするなら
わたしのもとに帰らせ
わたしの前に立たせよう。
もし、あなたが軽率に言葉を吐かず
熟慮して語るなら
わたしはあなたを、わたしの口とする。
あなたが彼らの所に帰るのではない。
彼らこそあなたのもとに帰るのだ。
この民に対して
わたしはあなたを堅固な青銅の城壁とする。
彼らはあなたに戦いを挑むが
勝つことはできない。
わたしがあなたと共にいて助け
あなたを救い出す、と主は言われる。
わたしはあなたを悪人の手から救い出し
強暴は者の手から解き放つ。」

マタイによる福音(マタイ13・44-46)
  持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う
〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。
 また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」

7月29日(火)

使徒ヨハネの手紙(一ヨハネ4・7-16)
  わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださる
愛 する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛するものは皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りませ ん。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの 内に示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここ に愛があります。愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。いまだかつて神を見た者はいませ ん。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。
 神はわたし たちに、御自分の霊を分け与えてくださいました。このことから、わたしたちが神の内にとどまり、神もわたしたちの内にとどまってくださることが分かりま す。わたしたちはまた、御父が御子を世の救い主として遣わされたことを見、またそのことを証ししています。イエスが神の子であることを公に言い表す人はだ れでも、神がその人に内にとどまってくださり、その人も神の内にとどまります。わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。
 神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。

ヨハネによる福音(ヨハネ11・19-27)
  あなたが神の子であるとわたしは信じております
〔そのとき、〕マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。マルタはイエスに言った。
「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお願いになることは何でもかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」イエスが、
「あなたの兄弟は復活する」と主は言われると、マルタは、
「終わりの日に復活することは存じております」と言った。イエスは言われた。
「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれでも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。
「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」

 

 または

ルカによる福音(ルカ10・38-42)
  マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している
〔そ のとき、〕イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に向かい入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もと に座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。
「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。
「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

7月28日(月)

エレミヤの預言(エレミヤ13・1-11)

  悪い民は全く役に立たないこの帯のようになった

 主はわたしにこう言われる。

「麻の帯を買い、それを腰に締めよ。水で洗ってはならない。」わたしは主の言葉に従って、帯を買い、腰に閉めた。

 主の言葉が再びわたしに臨んだ。

「あなたが買って腰に締めたあの帯をはずし、立ってユーフラテスに行き、そこで帯を岩の裂け目に隠しなさい。」そこで、わたしは主が命じられたように、ユーフラテスに行き、帯を隠した。多くの月日が立った後、主はわたしに言われた。

「立って、ユーフラテスに行き

かつて隠しておくように命じたあの帯を取り出しなさい。」わたしはユーフラテスに行き、隠しておいた帯を探し出した。見よ、帯は腐り、全く役に立たなくなっていた。

主の言葉がわたしに臨んだ。主はこう言われる。

「このように、わたしはユダの傲慢とエルサレムの甚だしい傲慢を砕く。この悪い民はわたしの言葉に聞き従うことを拒み、かたくなな心のままにふるまっている。また、彼らは他の神々に従って歩み、それに仕え、それにひれ伏している。彼らは全く役に立たないこの帯のようになった。人が帯を腰にしっかり着けるように、わたしはイスラエルのすべての家とユダのすべての家をわたしの身にしっかりと着け、わたしの民とし、名声、栄誉、威光を示すものにしよう。と思った。しかし、彼らは聞き従わなかった」と主は言われる。

マタイによる福音(マタイ13・31-35)

  からし種は、空の鳥が枝に巣を作るほどの木になる

〔そのとき、〕イエスは、別のたとえを持ち出して、〔人々〕に言われた。

「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 また、別のたとえをお話になった。

「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

  「わたしは口を開いてたとえを用い、

   天地創造の時から隠されていたことを告げる。」

7月27日(日)

列王記(列王記上3・5、7-12)
  あなたは自分のために知恵を求めた
 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、
「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と主は言われた。〔ソロモンは答えた。〕
「わ が神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りま せん。僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪 を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。神はこう言われた。
「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。」

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・28-30)
  神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められた
〔皆 さん、〕神を愛する者たち、つまり、万事が益となるように共に働くと言うことを、わたしたちは知っています。神は前もって知っておられた者たちを、御子 の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟のなかで長子となられるためです。神はあらかじめ定められた者たちを召し出 し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。


 

マタイによる福音(マタイ13・44-52、または13,44-46)
  宝を見つけた人は、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う
〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのままに隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。
 また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払って、それを買う。」
     《「また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人 々は、岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪い者は投げ捨てる。世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪いものどもをよ り分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子 たちは、

「分かりました」と言った。そこで、イエスは言われた。

「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものとを取り出す一 家のの主人に似ている。」》

7月26日(土)

エレミヤの預言(エレミヤ7・1-11)

  わたしの名によって呼ばれる神殿は、強盗の巣窟と見えるのか

 主からエレミヤに臨んだ言葉。

 主の神殿の門に立ち、この言葉をもって呼びかけよ。そして、言え。

「主を礼拝するために、神殿の門を入って行くユダの人々よ、皆、主の言葉を聞け。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間に正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない。そうすれば、わたしはお前たちを先祖に与えたこの地、この所に、とこしえからとこしえまで住まわせる。しかし見よ、お前たちはこのむなしい言葉により頼んでいるが、それは救う力を持たない。盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることの無かった異教の神々に従いながら、わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前に立ち、『救われた』と言うのか。お前たちはあらゆる忌むべきことをしているではないか。わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり。わたしにもそう見える、と主は言われる。」

 

 

マタイによる福音(マタイ13・24-30)
  刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい
〔そのとき、〕イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。
「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、畑の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。
『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、
『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、
『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。
『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかも知れない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、
「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

7月25日(金)

使徒パウロのコリント教会への手紙(二コリ4・7-15)
  わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっている
〔皆 さん、〕わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちからでたものでないことが明らかになる ために、わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れて失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたち は、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にされされています、 死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。こうして、わたしたちの内には命が働いていることになります。
「わたしは信じた。それで、わたしは 語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。主イエスを復活させた神が、イエス と共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。すべてこれらのことは、あなたがたのためであ り、多くの人々が豊かに恵みを受け、感謝の念に満ちて神に栄光を帰すようになるためです。

マタイによる福音(マタイ20・20-28)
  あなたがたはわたしの杯を飲みことになる
そのとき、ゼベタイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。イエスが、
「何が望みか」と言われると、彼女は言った。
「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください。」イエスはお答えになった。
「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲もうとしている杯を飲むことができるか。」二人が、
「できます」と言うと、イエスは言われた。
「確 かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになる。しかし、わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、わたしの父によって定め られた人々に許されるのだ。」ほかの十人の者はこれを聞いて、この二人の兄弟のことで腹を立てた。そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。
「あ なたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはなら ない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕える ために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」

7月24日(木)

エレミヤの預言(エレミヤ2・1-3、7-8、12-13)
  彼らは生ける水の源であるわたしを捨てて、無用の水溜を掘った
主の言葉がわたしに臨んだ。
行って、エルサレムの人々に呼びかけ
耳を傾けさせよ。
主はこう言われる。わたしは、あなたの若いときの真心
花嫁のときの愛
種蒔かれぬ地、荒れ野での従順を思い起こす。
イスラエルは主にささげられたもの
収穫の初穂であった。
それを食べる者はみな罰せられ
災いを被った、と主は言われる。 

わたしは、お前たちを実り豊かな地に導き
味の良い果物を食べさせた。
ところが、お前たちはわたしの土地に入ると
そこを汚し
わたしが与えた土地を忌まわしいものに変えた。
祭司たちも尋ねなかった。
「主はどこにおられるか」と。
律法を教える人たちはわたしを理解せず
指導者たちはわたしに背き
預言者たちはバアルによって預言し
助けにならぬものの後を追った。

天よ、驚け、このことを
大いに、震えおののけ、と主は言われる。
まことに、わが民は二つの悪を行った。
生ける水の源とであるわたしを捨てて
無用の水溜を掘った。
水をためることのできない
こわれた水溜を。

マタイによる福音(マタイ13・10-17)
  あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていない
〔そのとき、〕弟子たちはイエスに近寄って、
「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話になるのですか」と言った。イエスはお答えになった。
「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。イザヤの預言は、彼らに寄って実現した。
 『あなたたちは聞くには聞くが、
     決して理解せず、
  見るには見るが、決して認めない。
  この民の心は鈍り、
  耳は遠くなり、
  目は閉じてしまった。
  こうして、彼らは目で見ることなく、
    耳で聞くことなく、
  心で理解せず、悔い改めない。
  わたしは彼らをいやさない。』
しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

7月23日(水)

                    

7月22日(火)

雅歌(雅歌3・1-4a)
  わたしは恋い慕う人を見つけた
〔おとめは歌う。〕
夜ごと、ふしどに恋い慕う人を求めても
求めても、見つかりません。
起きだして町をめぐり
通りや広場をめぐって
恋い慕う人を求めよう。
求めても、あの人は見つかりません。
わたしが町をめぐる夜警に見つかりました。
「わたしの恋い慕う人を見かけましたか。」

彼らに別れるとすぐに
   恋い慕う人が見つかりました。

 

使徒パウロのコリントの教会への手紙(二コリント5・14-17)
  わたしたちは今はもう肉の従ってキリストを知ろうとはしない
〔皆さん、〕キリストの愛がわたしたちを駆り立てて〔います。〕
わ たしたちはこう考えます。すなわち、一人の方が、すべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人 のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んでくださった方のために生き ることなのです。
 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストそ知っていたとしても、今はもうそのよ うに知ろうとはしません。だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた〔のです。〕

ヨハネによる福音(ヨハネ20・1-2、11-18)
  婦人よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか
週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。
「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」
 マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、
「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。
「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。
「婦人よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。
「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えて下さい。わたしが、あの方を引き取ります。」イエスが、
「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、
「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。
「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。
『わたしの父であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、
「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

7月21日(月)

ミカの預言(ミカ6・1-4、6-8)
  人よ、主が何をお前に求めておられるかはお前に告げられている

聞け、主の言われることを。
立って、告発せよ、山々の前で。
峰々にお前の声を聞かせよ。
聞け、山々よ、主の告発を。
とこしえの地の基よ。
主は御自分の民を告発し
イスラエルと争われる。
「わが民よ。
わたしはお前に何をしたというのか。
何をもってお前を疲れさせたのか。
わたしに答えよ。
わたしはお前をエジプトの国から導き上り
奴隷の家から贖った。
また、モーセとアロンとミリアムを
お前の前に遣わした。」

何をもって、わたしは主の御前に出で
いと高き神にぬかずくべきか。
焼き尽くす献げ物として
当歳の子牛をこって御前に出るべきか。
主は喜ばれるだろうか
幾千の雄羊、幾万の油の流れを。
わが咎を償うために長子を
自分の罪のために胎の実をささげるべきか。
人よ、何が善であり
主が何をお前に求めておられるかは
お前に告げられている。
正義を行い、慈しみを愛し
へりくだって神と共に歩むこと、これである。

マタイによる福音(マタイ12・38-42)
  南の国の女王は、今の時代の者たちと一緒に立ち上がる
〔そのとき、〕何人かの律法学者とファリサイ派の人々がイエスに、
「先生、しるしを見せてください」と言った。
イエスはお答えになった。
「よ こしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にい たように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。ニネベの人たちは裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニ ネベの人々は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここにヨナにまさるものがある。また、南の国の女王は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上 がり、彼らを罪に定めるだろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。」

7月20日(日)

                    

7月19日(土)

ミカの預言(ミカ2・1-5)
       

7月18日(金)

イザヤの預言(イザヤ38・1-6、21-22、7-8)
  わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た
 そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、
「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言しなさい』と言った。ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。
「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。
 主の言葉がイザヤに臨んだ。
「ヒゼキヤのもとに行って言いなさい。あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、わたしはあなたの寿命を十五年延ばし、アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。わたしはこの都を守り抜く。」
 イザヤが、
「干しいちじくを持って来るように」と言うので、人々がそれを患部につけると王は回復した。ヒゼキヤは言った。
「わたしが主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか。」
 ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって、主は約束なさったことを実現されることが分かります。
「見よ、わたしは日時計の影、太陽によってアハズの日時計に落ちた影を、十度後戻りさせる。」太陽は陰の落ちた日時計の中で十度戻った。

マタイによる福音(マタイ12・1-8)
  人の子は安息日の主なのである
 そのころ、ある安息日のイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、
「御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている。」と言った。そこで、イエスは言われた。
「ダ ビデが自分も供の者たちも空腹だったとき何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供え のパンを食べたではないか。安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にはならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。言っておくが、神殿 よりも偉大なものがここにある。もし、
「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。人の子は安息日の主なのである。」

7月17日(木)

イザヤの預言(イザヤ26・7-9、12,16-19)

  塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え

神に従う者の行く道は平らです。

あなたは神に従う者の道をまっすぐにされる。

主よ、あなたの裁きによって定められた道を歩み

わたしたちはあなたを待ち望みます。

あなたの御名を呼び、たたえることは

わたしたちの魂の願いです。

わたしの魂は夜あなたを捜し

わたしの中で霊はあなたを捜し求めます。

あなたの裁きが地に行われるとき

世界に住む人々は正しさを学ぶでしょう。

主よ、平和をわたしたちにお授けください。

わたしたちのすべての業を

   成し遂げてくださるのはあなたです。

主よ、苦難に襲われると

人々はあなたを求めます。

あなたの懲らしめが彼らに臨むと

彼らはまじないを唱えます。

妊婦に出産のときが近づくと

もだえ苦しみ、叫びます。

主よ、わたしたちもあなたの御前で

   このようでした。

わたしたちははらみ、産みの苦しみをしました。

しかしそれは嵐を産みようなものでした。

救いを国にもたらすこともできず

地上に住み者を

   産み出すこともできませんでした。

あなたの死者が命を得

わたしのしかばねが立ちあがりますように。

塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。

あなたの送られる露は光の露。

あなたは死霊の地にそれを降らせられます。

マタイによる福音(マタイ11・28-30)

  わたしは柔和で謙遜な者である

〔そのとき、イエスは言われた。〕

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

7月16日(水)

イザヤの預言(イザヤ10・5-7、13-16)

  斧がそれを振るう者に対して自分を誇ることができるだろうか

〔主は言われる。〕

災いだ。わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。

彼はわたしの手にある憤りの杖だ。

神を無視する国に向かって  

   わたしはそれを遣わし

わたしの激怒をかった民に対して、それを命じる。

「戦利品を取り、略奪品をとれ

野の土のように彼を踏みにじれ」と。

しかし、彼はそのように策をたてず

その心はそのように計らおうとしなかった。

その心にあるのはむしろ滅ぼし尽くすこと

多くの国を断ち滅ぼすこと

多くの国を断ち尽くすこと。

なぜならアッシリアの王は言った。

「自分の手の力によってわたしは行った。

聡明なわたしは諸民族の境を取り払い

彼らの蓄えた物を略奪し

力ある者と共に住民たちをひきずり落とした。

わたしの手は、鳥の巣を奪うように

   諸民族の富に伸びた。

置き去られた卵をかき集めるように

   わたしは全世界をかき集めた。

そのとき、翼を動かす物はなく

くちばしを開いて無く物もなかった。」

斧がそれを振るう物に対して自分誇り

のこぎりがそれを使う物に向かって

   高ぶることができるだろうか。

それは、鞭が自分を振り上げる物を動かし

杖が木でない者を持ち上げようとするに等しい。

それゆえ、万軍の主なる神は

太った者の中に衰弱を送り

主の栄光の下に炎を燃え上がらせ

火のように燃えさせられる。

マタイによる福音(マタイ11・25-27)

  あなたはこれらのことを知恵ある者には隠して、幼子のような者にお示しになりました

 そのとき、イエスはこう言われた。

「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知るものはなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。」

7月15日(火)

イザヤの預言(イザヤ7・1-9)
  信じなければ、あなたがたは確かにされない
   ユダに王ウジヤの孫であり、ヨタムの子であるアハズの治世のことである。アラムの王レツィンとレマルヤの子、イスラエルの王ベカが、エルサレムを攻める ため上って来たが、攻撃を仕掛けることはできなかった。しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、 森の木々が風に揺れ動くように動揺した。
 主はイザヤに言われた。
「あなたは息子シェアル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野に至 る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。アラムを率いるレツィン とレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。アラムがエフライムとレマルヤの子を語らって、あなたに 対して災いを謀り、『ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう』と言っているが、主なる神はこう言われる。
 それは実現せず、成就しない。
 アラムの頭はダマスコ、
   ダマスコの頭はレツィン。
   (六十五年たてば
       エフライムの民は消滅する)
 エフライムの頭はレマルヤの子。
 信じなければ、あなたがたは確かにされない。」

マタイによる福音(マタイ11・20-24)
  裁きに日にはティルスやシドンやソドムの方が、お前たちよりまだ軽い罰で済む
〔そのとき、〕イエスは、数多くの奇跡を行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。
「コ ラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布を まとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンの方が、お前たちよりまだ軽い罰で済む。また、カファル ナウム、お前は
 天にまで上げられると思っているのか。
 陰府にまで落とされるのだ。
お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日には、ソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」

7月14日(月)

イザヤの預言(イザヤ1・10-17)

  洗って、清くせよ。悪い行いをわたしの目の前から取り除け

ソドムの支配者らよ、主の言葉を聞け。

ゴモラの民よ

   わたしたちの神の教えに耳を傾けよ。

お前たちのささげる多くのいけにえが

わたしにとって何になろうか、と主は言われる。

雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物に

   わたしは飽いた。

雄牛、子羊、雄山羊の血をわたしは喜ばない。

こうしてわたしの顔を仰ぎ見に来るが

誰がお前たちにこれらのものを求めたか

わたしに庭を踏み荒らす者よ。

むなしい献げ物を再び持って来るな。

香の煙はわたしの忌み嫌うもの。

新月祭、安息日、祝祭など

災いを伴う集いにわたしは耐ええない。

お前たちの新月祭や、定められた日の祭りを

   わたしは憎んでやまない。

それはわたしにとって、重荷でしかない。

それを担うのに疲れ果てた。

お前たちが手を広げて祈っても、

   わたしは目を覆う。

どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。

お前たちの血にまみれた手を

洗って、清くせよ。

悪を行うことをやめ

善を行うことを学び

裁きをどこまでも実行して

搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り

やもめの訴えを弁護せよ。

マタイによる福音(マタイ10・34~11・1)

  わたしは平和ではなく、剣をもたらすために来た

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対刺せるために来たからである。

 人はその父に、

 娘を母に、

 嫁はしゅうとめに。

 こうして、自分の家族のものが敵となる。

わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。

 あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ず、その報いを受ける。」

  イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると、そこを去り、方々の町で教え、宣教された。

7月13日(日)

イザヤの預言(イザヤ55・10-11)

  雨は大地を生い茂らせる

〔主は言われる。〕

雨も雪も、ひとたび天から降れば

むなしく天に戻ることはない。

それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ

種蒔く人には種を与え

食べる人には糧を与える。

そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も

   むなしくは、わたしのもとに戻らない。

それはわたしの望むことを成し遂げ

わたしが与えた使命を必ず果たす。

 

 

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・18-23)

  被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいる

〔皆さん、〕現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足らないとわたしは思います。被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけでなく、”霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の購われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。

 

 

マタイによる福音(マタイマタイ13・1-23、または13・1-9)

  種を蒔く人が種蒔きに出て行った

 その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。

「種蒔く人が種まきに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ないところに落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。」

    《弟子たちは近寄って、

「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話になるのですか」と言った。イエスはお答えになった。

「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。イザヤの預言は彼らによって実現した。

  『あなたたちは聞くには聞くが、

      決して理解せず、

  見るには見るが、決して認めない。

  この民の心は鈍り、

  耳は遠くなり、目は閉じてしまった。

  こうして、彼らは目で見ることなく、

      耳で聞くことなく、

  心で理解せず、悔い改めない。

  わたしは彼らをいやさない。』

しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。

  だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまづいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」》

7月12日(土)

イザヤの預言(イザヤ6・1-8)

  わたしは汚れた唇の者。わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た

 ウジヤ王が死んだ年のことである。

 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣のの裾は神殿いっぱいに広がっていた。上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。彼らは互いに呼び交わし、唱えた。

「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。

主の栄光は、地をすべて覆う。」

 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。わたしは言った。

「災いだ、わたしは滅ぼされる。

わたしは汚れた唇の者。

汚れた唇の民の中に住む者。

しかも、わたしの目は

   王なる万軍の主を仰ぎ見た。」

 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。彼はわたしの口に火を触れさせて言った。

「見よ、これがあなたの唇に触れたので

あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」

そのとき、わたしは主の御声を聞いた。

「誰を遣わすべきか。

誰が我々に代わって行くだろうか。」

わたしは言った。

「わたしがここにおります。

わたしを遣わしてください。」

マタイによる福音(マタイ10・24-33)

  体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕

「弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。

  人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上でいい広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表すものは、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」

7月11日(金)

ホセアの預言(ホセア14・2-10)

  わたしたちは自分の手が造ったものを、再びわたしたちの神とは呼びません

〔主は言われる。〕

イスラエルよ、立ち帰れ

あなたの神、主のもとへ。

あなたは咎につまずき、悪の中にいる。

誓いの言葉を携え

主に立ち帰って言え。

「すべての悪を取り去り

恵みをお与えください。

この唇をもって誓ったことを果たします。

アッシリアはわたしたちの救いではありません。

わたしたちはもはや軍馬に乗りません。

自分の手が造った者を

   再びわたしたちの神とは呼びません。

親を失った者は

   あなたにこそ憐れみを見いだします。」

わたしは背く彼らをいやし

喜んで彼らを愛する。

まことに、わたしの怒りは彼らを離れ去った。

露のようにわたしはイスラエルに臨み

彼はゆりのように花咲き

レバノンの杉のように根を張る。

その若枝は広がり

オリーブのように美しく

レバノンの杉のように香る。

その陰に宿る人々は再び

麦のように育ち

ぶどうのように花咲く。

彼はレバノンのぶどう酒のようにたたえられる。

ああエフライム

なおも、わたしを偶像と比べるのか。

彼の求めにこたえ

彼を見守るのはわたしではないか。

わたしは命に満ちた糸杉。

あなたは、わたしによって実を結ぶ。

知恵ある者はこれらのことをわきまえよ。

わきまえある者はそれを悟れ。

主の道は正しい。

神に従うものはその道に歩み

神に背く者はその道につまずく。

マタイによる福音(マタイ10・16-23)

  話すのはあなたがたではなく、父の霊である

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕

「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、父の霊である。兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。」

7月10日(木)

ホセアの預言(ホセア11・1-4、8c-9)

  わたしは激しく心を動かされる

〔主は言われる。〕

まだ幼かったイスラエルをわたしは愛した。

エジプトから彼を呼び出しわが子とした。

わたしが彼らを呼び出したのに

彼らはわたしから去って行き

バアルに犠牲をささげ

偶像に香をたいた。

エフライムの腕を支えて

  歩くことを教えたのは、わたしだ。

しかし、わたしが彼らをいやしたことを

  彼らは知らなかった。

わたしは人間の綱、愛のきずなで彼らを導き

彼らの顎から軛を取り去り

身をかがめて食べさせた。

イスラエルよ

お前を引き渡すことができようか。

アドマのようにお前を見捨て

ツェボイムのようにすることができようか。

わたしは激しく心を動かされ

憐れみに胸を焼かれる。

わたしはもはや怒りに燃えることなく

エフライムを再び滅ぼすことはしない。

わたしは神であり、人間ではない。

お前たちのうちにあって聖なる者。

怒りをもって臨みはしない。

マタイによる福音(マタイ10・7-15)

  ただで受けたのだから、ただで与えなさい

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕

「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人は誰かをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」

7月9日(水)

ホセアの預言(ホセア10・1-3、7-8、12)

  主を求める時が来た 

イスラエルはのびほうだいのぶどうの木

実もそれに等しい。

実を結ぶにつれて、祭壇を増し

国が豊かになるにつれて、聖なる柱を飾り立てた。

彼らの偽る心は、今や罰せられる。

主は彼らの祭壇を打ち砕き

聖なる柱を倒される。

今、彼らは言う。

「我々には王がいなくなった。

主を畏れ敬わなかったからだ。

だが王がいたとしても、何になろうか」と。

サマリアは滅ぼされ

王は水に浮かぶ泡のようになる。

アベンの聖なる高台

  このイスラエルの罪は破壊され

茨とあざみがその祭壇の周りに生い茂る。

そのとき、彼らは山に向かい

  「我々を覆い隠せ」

丘に向かっては

  「我々の上に崩れ落ちよ」と叫ぶ。

恵みの業をもたらす種を蒔け

愛の実りを刈り入れよ。

新しい土地を耕せ。

主を求める時が来た。

ついに主が訪れて

恵みの雨を注いでくださるように。

マタイによる福音(マタイ10・1-7)

  イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい

〔そのとき、〕イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベタイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

 イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。

「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。」

7月8日(火)

ホセアの預言(ホセア8・4-7、11-13)

  彼らは嵐の中で蒔き、嵐の中で刈り取る

〔主は言われる。

イスラエルは〕王を立てた。

しかし、それはわたしから出たことではない。

彼らは高官たちを立てた。

しかし、わたしは関知しない。

彼らは金銀で偶像を造ったが

それらは打ち壊される。

サマリアよ、お前の子牛を捨てよ。

わたしの怒りは彼らに向かって燃える。

いつまで清くなりえないのか。

それはイスラエルのしたことだ。

職人が造ったもので、神ではない。

サマリアの子牛は必ず粉々に砕かれる。

彼らは風の中で蒔き

嵐の中で刈り取る。

芽が伸びても、穂が出ず

麦粉を作ることができない。

作ったとしても、他国の人々が食い尽くす。

エフライムは罪を償う祭壇を増やした。

しかし、それは罪を犯す祭壇となった。

わたしは多くの戒めを書き与えた。

しかし、彼らはそれを無縁のものと見なした。

わたしへの贈り物としていけにえをささげるが

その肉を食べるのは彼らだ。

主は彼らを喜ばない。

今や、主は彼らの不義に心を留め

その罪を裁かれる。

彼らはエジプトに帰らねばならない。

マタイによる福音(マタイ9・32-38)

  収穫は多いが、働き手が少ない

〔そのとき、〕悪霊に取りつかれて口の利けない人が、イエスのところに連れられて来た。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆し、

「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。しかし、ファリサイ派の人々は、

「あの男は悪霊の頭で悪霊を追い出している」と言った。

 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。

「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

7月7日(月)

ホセアの預言(ホセア2・16、17b-18、21-22)

  わたしは、あなたととこしえの契りを結ぶ

〔主は言われる。〕

わたしは彼女をいざなって

荒れ野に導き、その心に働きかけよう。

そこで、彼女はわたしにこたえる。

おとめであったとき

エジプトの地から上ってきた日のように。

その日が来ればと

主は言われる。

あなたはわたしを、「わが夫」と呼び

もはや、「わが主人(バアル)」とは呼ばない。

わたしは、あなたととこしえの契りを結ぶ。

わたしは、あなたと契りを結び

正義と公平を与え、慈しみ憐れむ。

わたしはあなたとまことの契りを結ぶ。

あなたは主を知るようになる。

マタイによる福音(マタイ9・1-26)

  わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになってくだされば、生き返るでしょう

〔そのとき、イエスが〕話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。

「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった。すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。

「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからである。イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。

「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を御覧になって、言われた。

「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。このうわさはその地方一帯に広まった。

7月6日(日)

ゼカリヤの預言(ゼカリヤ9・9-10)

  見よ、あなたの王が来る。彼は高ぶることがない

〔主は言われる。〕娘シオンよ、大いに踊れ。

娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。

見よ、あなたの王が来る。

彼は神に従い、勝利を与えられた者

高ぶることなく、ろばに乗ってくる

雌ロバの子であるロバに乗って。

わたしはエフライムから戦車を

エルサレムから軍馬を絶つ。

戦いの弓は絶たれ

諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ

大河から地の果てにまで及ぶ。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・9、11-13)

 霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きる

〔皆さん、〕神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。

 それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

マタイによる福音(マタイ11・25-30)

  わたしは柔和で謙遜な者である

そのとき、イエスはこう言われた。

「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や、賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

7月5日(土)

アモスの預言(アモス9・11-15)

  わたしは、わが民の繁栄を回復する。わたしは彼らをその土地に植え付ける

〔主は言われる。〕その日には

わたしはダビデの倒れた仮庵を回復し

その破れを修復し、廃墟を復興して

昔の日のように立て直す。

こうして、エドムの生き残りの者と

わが名をもって呼ばれるすべての国を

彼らに所有させよう、と主は言われる。

主はこのことを行われる。

見よ、その日が来れば、と主は言われる。

耕す者は、刈り入れる者に続き

ぶどうを踏む者は、種蒔く者に続く。

山々はぶどうの汁を滴らせ

すべての丘は溶けて流れる。

わたしは、わが民イスラエルの繁栄を回復する。

彼らは荒らされた町を立て直して住み

ぶどう畑を作って、ぶどう酒を飲み

園を造って、実りを食べる。

わたしは彼らをその土地に植え付ける。

わたしが与えた地から

再び彼らが引き抜かれることは決してないと

あなたの神なる主は言われる。

マタイによる福音(マタイ9・14-17)

 花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか

〔そのとき、〕ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、

「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。イエスは言われた。

「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られるときが来る。そのとき、彼らは断食することになる。だれも、織りたての布から布きれを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布きれが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

7月4日(金)

アモスの預言(アモス8・4-6、9-12)

  わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでなく、主の言葉を聞くことのできぬ飢えだ

 このことを聞け。

 貧しい者を踏みつけ

 苦しむ農民を押さえつける者たちよ。

 お前たちは言う。

 「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。弱いものを金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。」

 その日が来ると、と主なる神は言われる。

 わたしは真昼に太陽を沈ませ

 白昼に大地を闇とする。

 わたしはお前たちの祭りを悲しみに

 喜びの歌をことごとく嘆きの歌に変え

 どの腰にも粗布をまとわせ

 どの頭の髪の毛もそり落とさせ

 独り子を亡くしたような悲しみを与え

 その最後を苦悩に満ちた日とする。

 見よ、その日が来ればと 

 主なる神は言われる。

 わたしは大地に飢えを送る。

 それはパンに飢えることでもなく

 水に渇くことでもなく

 主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。

 人々は海へと巡り

 北から東へよろめき歩いて

 主の言葉を探し求めるが

 見いだすことはできない。

 マタイによる福音(マタイ9・9-13)

  医者を必要とするのは、丈夫な人ではない。わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない

〔そのとき、イエスは〕通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、

「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、

「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。

「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

7月3日(木)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙(エフェソ2・19-22)

  あなたがたは使徒という土台の上に建てられている

〔皆さん、〕あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。

ヨハネによる福音(ヨハネ20・24-29)

  わたしの主、わたしの神よ

 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、

「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。

「あの方の手に釘の後を見、この指を釘跡に入れて見なければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、

「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。

「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、

「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。

「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

7月2日(水)

アモスの預言(アモス5・14-15、21-24)

  お前たちの騒がしい歌をわたしから遠ざけよ。正義の洪水のように流れさせよ

善を求めよ、悪を求めるな

お前たちが生きることができるために。

そうすれば、お前たちが言うように

万軍の神なる主は

お前たちと共にいてくださるだろう。

悪を憎み、善を愛せよ

また、町の門で正義を貫け。

あるいは、万軍の神なる主が

ヨセフの残りの者を

  憐れんでくださることもあろう。

〔主は言われる。〕

わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。

祭りの献げ者の香りも喜ばない。

たとえ、焼き尽くす献げ物をわたしにささげても

穀物の献げ物をささげても

わたしは受け入れず

肥えた動物の献げ物も顧みない。

お前たちの騒がしい歌をわたしから遠ざけよ。

竪琴の音もわたしは聞かない。

正義を洪水のように

恵みの業を大河のように

尽きることなく流れさせよ。

マタイによる福音(マタイ8・28-34)

  まだ、その時ではないのにここに来て、悪霊を苦しめるのか

〔そのとき、〕イエスが向こう岸のガダラ人の地方に行かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。突然、彼らは叫んだ。

「神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」はるかかながで多くの豚の群れが餌をあさっていた。そこで、悪霊どもはイエスに、

「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と願った。イエスが、

「行け」と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。豚飼いたちは逃げだし、町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った。

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インド訪問の写真

  • 十字架
    2007年8月にESNACの里子たちに会いにインドの各地を訪問しました。スラムの子、捨て子、災害で親を亡くした子、ポリオで足が不自由で全く足で歩けない子・・・みんな笑顔で歓迎のパーティーは素晴らしいダンス・・・・そんなスナップです・・・ ・