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2008年6月

7月1日(火)

アモスの預言(アモス3・1-8、4・11-12)

  主なる神が語られる、誰が預言せずにいられようか

イスラエルの人々よ

主がお前たちに告げられた言葉を聞け。

―わたしがエジプトの地から導き上った

     全部族に対して―

地上の全部族の中からわたしが選んだのは

お前たちだけだ。

それゆえ、わたしはお前たちを

すべての罪のゆえに罰する。

打ち合わせもしないのに

二人の者が共に行くだろうか。

獲物もないのに

獅子が森の中でほえるだろうか。

獲物を捕らえもせずに

若獅子が穴の中から声をとどろかすだろうか。

餌が仕掛けられたもいないのに

鳥が地上に降りてくるだろうか。

獲物もかからないのに

罠が地面から跳ね上がるだろうか。

町で角笛が吹き鳴らされたなら

人々はおののかないだろうか。

町に災いが起こったなら

それは主がなされたことではないか。

まことに、主なる神はその定めれらたことを

僕なる預言者に示さずには

何事もなされない。

獅子がほえる

誰が恐れずにいられよう。

主なる神が語られる

誰が預言せずにいられようか。

かつて、神がソドムとゴモラを覆したように

わたしはお前たちを覆した。

お前たちは炎の中から取り出された

   燃えさしのようになった。

しかし、お前たちはわたしに帰らなかったと

主は言われる。

それゆえ、イスラエルよ

わたしはお前にこのようにする。

わたしがこのことを行うゆえに

イスラエルよ

お前は自分の神と出会う備えをせよ。

マタイによる福音(マタイ8・23-27)

  イエスが起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった

〔そのとき、〕イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。〔すると、〕湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。弟子たちは近寄って起こし、

「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言った。イエスは言われた。

「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖をお叱りになると、すっかり凪になった。人々は驚いて、

「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。

6月30日(月)

アモスの預言(アモス2・6-10、13-16)

  彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけた

主はこう言われる。

イスラエルの三つの罪、四つの罪にゆえに

わたしは決して赦さない。

彼らが正しい者を金で

貧しい者を靴一足の値で売ったからだ。

彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ

悩む者の道を曲げている。

父も子も同じ女のもとに通い

わたしの聖なる名を汚している。

祭壇のあるところではどこでも

その傍らに質をとった衣を広げ

科料として取り立てたぶどう酒を

神殿の中で飲んでいる。

その行く手から

アモリ人を滅ぼしたのはわたしだ。

彼らはレバノン杉の木のように高く

樫の木のように強かったが

わたしは、上は梢の実から

下はその根に至るまで滅ぼした。

お前たちをエジプトの地から上らせ

四十年の間、導いて荒れ野を行かせ

アモリ人の地を得させたのはわたしだ。

見よ、わたしは麦束を満載した車が

わだちで地を裂くように

お前たちの足もとの地を裂く。

そのときは、素早い者も逃げ遅れ

強い者もその力を振るい得ず

勇者も自分を救いえない。

弓を引く者も立ってはいられず

足の速い者も逃げおおせず

馬に乗る者も自分を救いえない。

勇者の中の雄々しい者も

その日には裸で逃げる、と主は言われる。

マタイによる福音(マタイ8・18-22)

  わたしに従いなさい

〔そのとき、〕イエスは、自分を取り囲んでいる群衆を見て、弟子たちに向こう岸に行くように命じられた。そのとき、ある律法学者が近づいて、

「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言った。イエスは言われた。

「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」ほかに、弟子の一人がイエスに、

「主よ、まず、父を葬りに行かせてください。」と言った。イエスは言われた。

「わたしに従いなさい。死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。」

6月29日(日)

使徒たちの宣教(使徒言行録12・1-11)

  今、本当のことが分かった。主がヘロデの手からわたしを救い出してくださったのだ

 そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。

 ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、

「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。天使が、

「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、

「上着を着て、ついて来なさい」と言った。それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。ペトロは我に返って言った。

「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」

使徒パウロのテモテへの手紙(二テモテ4・6-8、17-18)

  今や、義の栄冠を受けるばかりです

〔愛する者よ、〕わたしは、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。

  渡しを通して福音があまねく宣べ伝えられ、すべての民族がそれを聞くようになるために、主はわたしのそばにいて、力づけてくださいました。そして、わたしは獅子の口から救われました。主はわたしをすべての悪い業から助け出し、天にある御自分の国へ救い入れてくださいます。主に栄光が代々限りなくありますように、アーメン。

マタイによる福音(マタイ16・13-19)

  あなたはペトロ。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける

 イエスはあ、フィリポ・カイザリア地方に行ったとき、弟子たちに、

「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。

「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。

「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、

「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。

「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

6月28日(土)

哀歌(哀歌2・2、10-14、18-20)

 おとめシオンの城壁よ、主に向かって心から叫べ

ヤコブの人里をすべて、主は容赦せず圧倒し

憤って、おとめユダの砦をことごとく破壊し

この国を治める者、君侯らを

  地に打ち倒して辱められた。

おとめシオンの長老は皆、地に座して黙し

頭に灰をかぶり、粗布を身にまとう。

エルサレムのおとめらは、頭を地につけている。

わたしの目は涙にかすみ、胸は裂ける。

わたしの民の娘が打ち砕かれたので

  わたしのはらわたは溶けて地に流れる。

幼子も乳飲み子も町の広場で衰えてゆく。

幼子は母に言う

  パンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。

都の広場で傷つき、衰えて

母のふところに抱かれ、息絶えてゆく。

おとめエルサレムよ

  あなたを何にたとえ、何の証しとしよう。

おとめシオンよ

  あなたを何になぞらえて慰めよう。

海のように深い痛手を負ったあなたを

  誰が癒せよう。

預言者はあなたに託宣を与えたが

  むなしい、偽りの言葉ばかりであった。

あなたを立ち直らせるには

  一度、罪をあばくべきなのに

むなしく、迷わすことを

  あなたに向かって告げるばかりであった。

おとめシオンの城壁よ

  主に向かって心から叫べ。

昼も夜も、川のように涙を流せ。

休むことなくその瞳から涙を流せ。

立て、宵の初めに。

  夜を徹して嘆きの声をあげるために。

主の御前に出て

  水のようにあなたの心を注ぎ出せ。

両手を上げて命乞いをせよ

  あなたの幼子のために。

彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。

マタイによる福音(マタイ8・5-17)

  東から西から大勢の人が来て、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く

〔そのとき、〕イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、

「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。そこで、イエスは、

「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。すると、百人隊長は答えた。

「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に、『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。

「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで、泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」そして、百人隊長に言われた。

「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。

  イエスはペトロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした。夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。

 「彼はわたしたちの患いを負い、

  わたしたちの病を担った。」

6月27日(金)

列王記(列王記下25・1-12)

  ユダは自分の土地を追われて捕囚となった(列王記下25・21)

 ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食料が尽き、都の一角が破られた。カルデア人が都を取り巻いていたが、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出した。王はアラバに向かって行った。カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ野で彼に追いついた。王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになった。王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けた。彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。

 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。

マタイによる福音(マタイ8・1-4)

  御心ならば、わたしを清くすることがおできになります

〔そのとき、〕イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った。すると、一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、

「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、

「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった。イエスはその人に言われた。

「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい。」

6月26日(木)

列王記(列王記下24・8-17)
  バビロンの王は、ヨヤキンとすべての軍人を捕囚としてバビロンに連れて行った
 ヨヤキンは十八歳で王となり三か月エルサレムで王位にあった。その母は名をネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。彼は父が行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
 そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの武将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した。武将たちが都を包囲しているところに、バビロンの王ネブカドネツァルも来た。ユダの王ヨヤキンは母、家臣、高官、宦官らと共にバビロン王の前に出て行き、バビロンの王はその治世第八年に彼を捕らえた。主が告げられたとおり、バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。彼はエルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。彼はヨヤキンを捕囚としてバビロンに連れ去り、その王の母、王妃たち、宦官たち、国の有力者たちも、捕囚としてエルサレムからバビロンに行かせた。バビロンの王はすべての軍人七千人、職人と鍛冶、千人、勇敢な戦士全員を、捕囚としてバビロンに連れて行った。バビロンの王はヨヤキンに代えて、そのおじマタンヤを王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。


マタイによる福音(マタイ7・21-29)
  岩の上に建てられた家と砂の上に建てられた家
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
「渡しに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢のの者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』
 そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に十分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」
 イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。

6月25日(水)

列王記(列王記下22・8-13,23・1-3)

  王は、主の神殿で見つかった契約の書の言葉を民に読み聞かせ、主の御前で契約を結んだ

 そのとき大祭司ヒルキアは書記官シャファンに、

「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」と言った。ヒルキアがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。書記官シャファンは王のもとに来て、王に報告した。

「僕どもは神殿にあった献金を取り出して、主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡しました。」更に書記官シャファンは王に、

「祭司ヒルキアがわたしに一つの書を渡しました」と告げ、王の前でその書を読み上げた。王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた。王は祭司ヒルキア、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記官シャファン、王の家臣アサヤにこう命じた。

「この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダ全体のために、主の御旨を尋ねに行け。我々の先祖がこの書に言葉に耳を傾けず、我々についてそこに記されたとおりにすべての事を行わなかったために、我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しいからだ。」

 そこで、王は人を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老を自分のもとに集めた。王は、ユダのすべての人々、エルサレムのすべての住民、祭司と預言者、下の者から、上の者まで、すべての民と共に主の神殿に上り、主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を彼らに読み聞かせた。それから王は柱の傍らに立って、主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記されているこの契約の言葉を実行することを誓った。民も皆、この契約に加わった。

マタイによる福音(マタイ7・15-20)

  あなたがたは、その実で彼らを見分ける

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕

「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」

6月24日(火)

イザヤの預言(イザヤ49・1-6)
  わたしはあなたを国々の光とする
島々よ、わたしに聞け
遠い国々よ、耳を傾けよ。
主は母の胎にあるわたしを呼び
母の腹にあるわたしの名を呼ばれた。
わたしの口を鋭い剣として御手の陰に置き
わたしを尖らせた矢として矢筒の中に隠して
わたしに言われた
あなたはわたしの僕、イスラエル
あなたによってわたしの輝きは現れる、と。
わたしは思った
わたしはいたずらに骨折り
うつろに、空しく、力を使い果たした、と。
しかし、わたしを裁いてくださるのは主であり
働きに報いてくださるのもわたしの神である。
主の御目にわたしは重んじられている。
わたしの神こそ、わたしの力。
今や、主は言われる。
ヤコブを御もとに立ち帰らせ
イスラエルを集めるために
母の胎にあったわたしを
御自分の僕として形づくられた主は
こう言われる。
わたしはあなたを僕として
ヤコブの諸部族を立ち上がらせ
イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。
だがそれにもまして
わたしはあなたを国々の光とし
わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。
 

使徒たちの宣教使徒言行録13・22-26)
  
ヨハネは、イエスがおいでになる前に宣べ伝えた
〔その日、パウロは言った。〕
「神は〕サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。
『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところすべてを行う。』神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送って下さったのです。ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』
 兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られ〔たのです。〕」

ルカによる福音(ルカ1・57-66、80)
  
この子の名はヨハネ
 さて、月が満ちて、エリザベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリザベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、
「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。しかし人々は、
「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、父親に、
「この子になんと名を付けたいか」と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、
「この子の名はヨハネ」と書いたので、
人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。聞いた人々は皆これを心に留め、
「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子は主の力が及んでいたのである。
  幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒野にいた。

6月23日(月)

列王記列王記下17・5-18、13-15a、18)
  
主はイスラエルを御前から退け、ただユダの部族しか残されなかった
〔その日、アッシリアの王シャルマナサルは〕この国のすべての地に攻め上ってきた。彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた。
 こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、エジプトの王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。
 主はそのすべての預言者、すべての先見者を通して、イスラエルにもユダにもこう警告されていた。
「あなたたちは悪の道を離れて立ち帰らなければならない。わたしがあなたたちの先祖に授け、またわたしの僕である預言者たちを通してあなたたちに伝えたすべての律法に従って、わたしの戒めと掟を守らなければならない。」しかし彼らは聞き従うことなく、自分たちの神、主を信じようとしなかった先祖たちと同じように、かたくなであった。彼らは主の掟と、主が先祖たちと結ばれた契約と、彼らに与えられた定めを拒〔んだ。〕
 主はイスラエルに対して激しく憤り、彼らを御前から退け、ただユダの部族しか残されなかった。

マタイによる福音(マタイ7・1-5)
 まず自分の目から丸太を取り除け
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようのするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」

6月22日(日)

エレミヤの預言(エレミヤ20・10-13)
  主は貧しい人の魂を、悪事を謀るものの手から助け出される
〔エレミヤは言った。〕
わたしには聞こえています
多くの人の非難が。
「恐怖が四方から迫る」と彼らは言う。
「共に彼を弾劾しよう」と。
わたしの見方だった者も皆
わたしがつまずくのを待ち構えている。
「彼は惑わされて
我々は勝つことができる。
彼に復讐してやろう」と。

しかし主は、恐るべき有志として
わたしと共にいます。
それゆえ、わたしを迫害する者はつまずき
勝つことを得ず、成功することなく
   甚だしく辱めを受ける。
それは忘れられることのない
   とこしえの恥辱である。
万軍の主よ
正義をもって人のはらわたと心を究め
  見抜かれる方よ。
わたしに見させてください
あなたが彼らに復讐されるのを。
わたしの訴えをあなたに打ち明け
お任せします。

主に向かって歌い、主を賛美せよ。
主は貧しい人の魂を
  悪事を謀る者の手から助け出される。

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6月21日(土)

歴代誌(歴代誌下24・17-25)
 あなたたちが聖所と祭壇の間で殺したゼカルヤ(マタイ23・35)
  ヨヤダの死後、ユダの高官たちが王のもとに来て、ひれ伏した。そのとき、王は彼らの言うことを聞き入れた。彼らは先祖の神、主の神殿を捨て、アシュラと偶 像に仕えた。この罪悪のゆえに、神の怒りがユダとエルサレムに下った。彼らを主に立ち帰らせるため、預言者が次々と遣わされた。しかし、彼らは、戒められ ても耳を貸さなかった。神の霊が祭司ヨヤダの子ゼカルヤを捕らえた。彼は民に向かって立ち、語った。
「神はこう言われる。『なぜあなたたたちは主 の戒めを破るのか。あなたたちは栄えない。あなたたちが主を捨てたから、主もあなたたちを捨てる。』」ことろが彼らは共謀し、王の命令により、主の神殿の 庭でゼカルヤを石で打ち殺した。ヨアシュ王も、彼の父ヨアダから寄せられた慈しみを」顧みず、その息子を殺した。ゼカルヤは、死に際して言った。
「主がこれを御覧になり、責任を追及してくださいますように。」
  年が改まるころ、アラムの軍隊がヨアシュに向かって攻め上った。彼らはユダとエルサレムに攻めて来て、民の中の高官をすべて殺し、戦利品をことごとくダマ スコの王のもとに送った。攻めて来たアラム軍の兵士は少数だったが、ユダとエルサレムの人々が先祖の神、主を捨てたので、主は極めて大きな軍隊をアラム軍 の手に渡された。こうして彼らはヨアシュに裁きを行った。彼らがヨアシュに重傷を負わせて去ると、家臣たちは、祭司ヨアダの息子の血のゆえに、共謀し、ヨ アシュを寝床で殺した。彼は死んで、ダビデの町に葬られたが、王の墓には葬られなかった。


マタイによる福音(マタイ6・24-34)
 明日のことまで思い悩むな
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。
  だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は 衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あな たがたは、鳥よりも価値ある者ではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のこと で思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の 一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさせ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなお さらのことではないか。信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切 に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そう すれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分で ある。」

6月20日(金)

列王記(列王記下11・1-4、9-18、20)
  人々はヨアシュに油を注ぎ、「王万歳」と叫んだ
〔そ の日、〕アハズヤの母アタルヤは息子が死んだのを見て、直ちに王族をすべて滅ぼそうとした。しかし、ヨラムの王の娘で、アハズヤの姉妹であるヨシェバが、 アハズヤの子ヨアシュを抱き、殺されようとしている王子たちの中からひそかに連れ出し、乳母と共に寝具の部屋に入れておいた。人々はヨアシュをアタルヤか らかくまい、彼は殺されずに済んだ。こうして、アタルヤが国を支配していた六年の間、ヨアシュは乳母と共に主の神殿に隠れていた。
 七年目にmヨアダは人を遣わして、カリ人と近衛兵からなる百人隊長の長たちを神殿にいる自分のところに連れて来させ、彼らと契約を結んだ。彼は主の神殿の中で彼らに誓いを立てさせ、王子を見せ〔た。〕

  百人隊長の長たちは、すべて祭司ヨアダが命じたとおり行い、おのおの安息日が出番に当たる部下と非番に当たる部下を引き連れ、祭司ヨアダのもとに来た。祭 司は主の神殿の納められているダビデ王の槍と小楯を百人隊の長たちに渡した。近衛兵たちはおのおの武器を手にして、祭壇と神殿を中心に神殿の南の端から北 の端まで王の周囲を固めた。そこでヨヤダが王子を連れて現れ、彼に冠をかぶらせ、掟の書を渡した。人々はこの王子を王とし、油を注ぎ、拍手して、「王万 歳」と叫んだ。
  アタルヤは近衛兵と民の声を聞き、主の神殿の民のところに行った。彼女が見ると、慣例どおり柱の傍らに王が立ち、その傍らに将 軍たちと吹奏隊が立ち並び、また国の民は皆喜び祝い、ラッパを吹き鳴らしていた。アタルヤは衣を裂いて、「謀反、謀反」と叫んだ。祭司ヨヤダは、軍を指揮 する百人隊の長たちに、「彼女を隊列の間から外に出せ。彼女について行こうとする者は剣にかけて殺せ」と命じた。祭司が、「彼女を主の神殿で殺してはなら ない」と言ったからである。彼らはアタルヤを捕らえ、馬の出入り口を通って王宮に連れて行った。彼女はそこで殺された。
 ヨアダは、王と王の民の 間に、主の民となる契約を結び、王と民の間でも契約を結んだ。国の民は皆、バアルの神殿に行き、それを祭壇と共に破壊し、像を徹底的に打ち砕き、バアルの 祭司マタンを祭壇の前で殺した。祭司ヨアダは主の神殿の監督を定め〔た。〕こうして、国の民は皆喜び祝った。アタルヤが王宮で剣にかけられて殺された後、 町は平穏であった。

マタイによる福音(マタイ6・19-23)
  あなたの富のあるところに、あなたの心もある
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
「あ なたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、無視が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさ い。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。
 体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い。だから、あなたの中にある光が消えれば、その暗さはどれほどであろう。」

6月19日(木)

シラ書(シラ48・1-14)

  エリヤが旋風の中に姿を隠したとき、エリシャはエリヤの霊に満たされた

火のような預言者エリヤが登場した。

彼の言葉は松明のように燃えていた。

換えは人々に飢饉をもたらし、

その熱意をもって人々の数を減らした。

彼は主の言葉によって天を閉ざし、

三度、火を降らせた。

エリヤよ、あなたはその驚くべき業のゆえに、

どれほどほめたたえられたことだろうか。

あなたと等しく誇りうる者があろうか。

あなたはいと高き方の言葉によって

死者を死から、陰府から立ち上がらせた。

あなたは王たちを破滅に導き、

名士たちを安眠の床から引きずり降ろした。

あなたはシナイ山で避難の言葉を聞き、

また、ホレブの山で裁きの宣告を聞いて、

王たちに油を注いで後継者とした。

あなたは火の旋風に包まれ、

火の馬の引く車に乗せられ天に上げられた。

あなたは、書き記されているとおり、

定められた時に備える者。

神の怒りが激しくなる前に、これを静め、

父の心を子に向けさせ、

ヤコブの諸部族を立て直す者。

あなたを見る者、

また、愛のうちに眠りについた者は幸いである。

確かに、わたしたちも生きるであろう。

エリヤが旋風の中に姿を隠したとき、

エリシャはエリヤの霊に満たされた。

彼は生涯、どんな支配者にも動ずることなく、

だれからも力で抑えつけられることはなかった。

彼にとって手に余ることは何もなく、

死後もその体は預言の力を失わなかった。

彼は生きている間だ、不思議な業を行い、

死後もなお驚くべき業を行った。

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6月18日(水)

列王記(列王記下2・1、6-14)

  見よ、火の戦車が現れ、エリヤは天に上って行った

 主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられたときのことである。エリヤはエリシャを連れてギルガルを出た。

〔二人がエリコに来たとき、〕エリヤはエリシャに、

「主はわたしをヨルダンへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」。と言った。しかしエリシャは、

「しゅはいきておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、彼らは二人で出かけて行った。預言者の仲間五十人もついて行った。彼らは、ヨルダンのほとりに立ち止まったエリヤとエリシャを前にして、遠く離れて立ち止まった。エリヤが外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分かれたので、彼ら二人は乾いた土の上を渡って行った。渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。

「わたしがあなたのために何をしようか。何なりと願いなさい。」エリシャは、

「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と言った。エリヤは言った。

「あなたはむずかしい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、願いはかなえられる。もし見なければ、願いはかなえられない。」彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。エリシャはこれを見て、

「わが父よ、綿父よ、イスラエルすれるの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、もうエリヤは見えなかった。エリシャは自分の衣をつつかんで二つに引き裂いた。エリヤの着ていた外套が落ちてきたので、彼はそれを拾い、ヨルダンの岸辺に引き返して立ち、落ちて来たエリヤの外套を取って、それで水を打ち、

「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言った。エリシャが水を打つと、水は左右に分かれ、彼は渡ることができた。

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6月17日(火)

列王記(列王記上21・17-29)

  あなたがイスラエルの人々に罪を犯させた

〔ナボトが死んだ後、〕主の言葉かティシュベ人エリヤに望んだ。

「直ちに下って行き、サマリアに住むイスラエルの王アハブに会え。彼はナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って来て、そこにいる。彼に告げよ。『主はこう言われる。あなたは人を殺したうえに、その人の所有物を自分のものにしょうとするのか。』また彼に告げよ。『主はこう言われる。犬の群れがナボトの血をなめたその場所で、あなたの血を犬の群れがなめることになる。』」アハブがエリヤに、「わたしの敵よ、わたしを見つけたのか」と言うと、エリヤは答えた。

「そうだ。あなたは自分を売り渡して主の目に悪とされることに身をゆだねたからだ。『見よ、わたしはあなたに災いをくだし、あなたの子孫を除き去る。イスラエルにおいてアハブに属する男子を、つながれている者も解き放たれている者もすべて絶ち滅ぼす。わたしはあなたが招いた怒りのため、またイスラエルの人々に罪を犯させたため、あなたの家をネバトの子ヤロブアムの家と同じように、またアヒヤの子バシャの家と同じようにする。』主はイゼベルにもこう告げられる。『イゼベルはイズレエルに塁壁の中で犬の餌食になる。アハブに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる。』」

アハブのように、主の目に悪とされることに身をゆだねた者はいなかった。彼は、その妻、イゼベルに唆されたのである。彼は、主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリ人と全く同じように偶像に仕え、甚だしく忌まわしいことを行った。

 アハブはこれらの言葉を聞くと、衣を裂き、粗布を身にまとって断食した。彼は粗布の上に横たわり、打ちひしがれて歩いた。そこで主の言葉がティシュベ人エリヤに臨んだ。

「アハブがわたしの前にへりくだったのを見たか。彼がわたしの前にへりくだったので、わたしは彼が生きている間は災いをくださない。その子の時代になってから、彼の家に災いをくだす。」

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6月日16(月)

列王記(列王記上21・1-16)

  ナボトは石で打ち殺された

〔そのころ、〕イズレエルの人ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていた。畑はサマリアの王アハブの宮殿のそばにあった。アハブはナボトに話を持ちかけた。

「おまえのぶどう畑を譲ってくれ。わたしの宮殿のすぐ隣にあるので、それをわたしの菜園にしたい。その代わり、お前にはもっと良いぶどう畑を与えよう。もし望むなら、それに相当する代金を銀で払っても良い。」ナボトはアハブに、

「先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることなど、主にかけてわたしにはできません」と言ったその言葉に機嫌を損ね、腹を立てて宮殿に帰って行った。寝台に横たわっていた彼は顔を背け、食事も取らなかった。妻のイゼベルが来て、

「どうしてそんなに機嫌が悪く、食事もなさらないのですか」と尋ねると、彼は妻に語った。

「イズレエル人の人ナボトに、彼のぶどう畑をわたしに銀で買い取らせるか、あるいは望むなら代わりの畑と取り替えさせるか、いずれにしても譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないというのだ。」妻のイゼベルは王に言った。

「今、イスラエルを支配しているのはあなたです。起きて食事をし、元気を出してください。わたしがイズレエルの人ナホドのぶどう畑を手に入れてあげましょう。」

 イゼベルはアハブの名で手紙を書き、アハブの印を押して封をし、その手紙をナボトのいる町に住む長老と貴族に送った。その手紙にはこう書かれていた。

「断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った。と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で打ち殺せ。」その町の人々、その町に住む長老と貴族たちはイゼベルが命じたとおり、すなわち彼女が手紙で彼らに書き送ったとおりに行った。彼らは断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせた。ならず者たちは民の前でナボトに対して証言し、

「ナボトは神と王とを呪った」と言った。人々は彼を町の外に引き出し、石で打ち殺した。彼らはイゼベルに使いを送って、ナボトが』石で打ち殺されたと伝えた。イゼベルはナボトが石で打ち殺されたと聞くと、アハブに言った。

「イズレエル人のナボトが、銀と引き換えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きてはいません。死んだのです。」アハブはナボトが死んだと聞くと、直ちにイズレエルの人ナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って行った。

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6月15日(日)

出エジプト記(出エジプト19・2-6a)

  あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる

〔その日、イスラエルの人々は〕シナイの荒れ野に着き、荒れ野に天幕を張った。イスラエルは、そこで、山に向かって宿営した。

 モーセが神のもとに登って行くと、山から主は彼に語りかけて言われた。

「ヤコブの家にこのように語り

イスラエルの人々に告げなさい。

あなたたちは見た

わたしがエジプト人にしたこと

また、あなたたちを鷲の翼に乗せて

   わたしのもとに連れてきたことを。

今、もしわたしの声に聞き従い

わたしの契約を守るならば

あなたたちはすべての民の間にあって

   わたしの宝となる。

世界はすべてわたしのものである。

あなたたちはわたしにとって

   祭司の王国、聖なる民となる。」

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6月14日(土)

列王記(列王記上19・19-21)

  エリシャは立ってエリヤに従った

〔その日、エリヤは山を下り、〕十二軛の牛を前に行かせて畑を耕しているシャファトの子エリシャに出会った。エリシャは、その十二番目の牛と共にいた。エリヤはそのそばを通り過ぎるとき、自分の外套を彼に投げかけた。エリシャは牛を捨てて、エリヤの後を追い、

「わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。それからあなたに従います」と言った。エリヤは答えた。

「行って来なさい。わたしがあなたに何をしたというのか」と。

 エリシャはエリヤを残して帰ると、一軛の牛を取って屠り、牛の装具を燃やしてその肉を煮、人々に振る舞って食べさせた。それから彼は立ってエリヤに従い、彼に仕えた。

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6月13日(金)

列王記(列王記上19・9a、11-16)

  山の中で主の前に立ちなさい

〔その日、エリヤは神の山ホレブに着き、〕そこにあった洞穴に入り、夜を過ごした。見よ、そのとき、主の言葉があった。主は、

「そこを出て、山の中で、主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。そのとき声はエリヤにこう告げた。

「エリヤよ、ここで何をしているのか。」エリヤは答えた。

「わたしは万軍の神、主に情熱を傾けて仕えてきました。ところが、イスラエルの人々はあなたとの契約を捨て、祭壇を破壊し、預言者たちを剣にかけて殺したのです。わたし一人だけが残り、彼らはこのわたしの命をも奪おうとねらっています。」主はエリヤに言われた。

「行け、あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ。そこに着いたなら、ハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。またアベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ。」

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6月12日(木)

列王記(列王記上18・41-46)

  エリヤが祈ったところ、天から雨が降った(ヤコブ5・18)

〔その日、〕エリヤはアハブに言った。

「上って行って飲み食いしなさい。激しい雨の音が聞こえる。」アハブは飲み食いするために上って行き、エリヤはカルメルの頂上に上って行った。エリヤは地にうずくまり、顔を膝の間にうずめた。

「上って来て、海の方をよく見なさい」と彼は従者に言った。従者は上って来て、よく見てから、

「何もありません」と答えた。エリヤは

「もう一度」と命じ、それを七度繰り返した。七度目に、従者は言った。

「御覧ください。手のひらほどの小さい雲が海の彼方から上って来ます。」エリヤは言った。

「アハブのところに上って行き、激しい雨に閉じこめられないうちに、馬を車につないで、降って行くように伝えなさい。」

 そうするうちに、空は厚い雲に覆われて暗くなり、風も出て来て、激しい雨になった。アハブは車に乗ってイズレエルに向かった。主の御手がエリヤに臨んだので、エリヤは裾をからげてイズレエルの境までアハブの先を走って行った。

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6月11日(水)

使徒たちの宣教(使徒言行録11・21b-26、13・1-3)

  バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰に満ちていた

〔その日、〕信じて主に立ち帰った者の数は多かった。このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意を持って主から離れることのないようにと、皆に勧めた。バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰に満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出して、アンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。

「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。



マタイによる福音(マタイ10・7-13)

  ただで受けたのだから、ただで与えなさい

〔そのとき、イエスは、使徒たちに言われた。〕

「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れていってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履き物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。」

6月10日(火)

列王記(列王記上17・7-16)

  主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壺の粉は尽きることがなかった

〔その日、エリヤがとどまっていたところの近くにある〕川が涸れてしまった。雨がこの地方に降らなかったからである。  また主の言葉がエリヤに臨んだ。

「立ってシドンのサレプタに行き、そこに住め。わたしは一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。」彼は立ってサレプタに行った。町の入り口まで来ると、一人のやもめが薪を拾っていた。エリヤはやもめに声をかけ、

「器に少々水を持ってきて、わたしに飲ませてください」と言った。彼女が取りに行こうとすると、エリヤは声をかけ、

「パンも一切れ、手に持ってきてください」と言った。彼女は答えた。

「あなたの神、主は生きておられます。わたしには焼いたパンなどありません。ただ壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。わたしは二本の薪を拾って帰り、わたしとわたしの息子の食べ物を作るところです。わたしたちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです。」エリヤは言った。

「恐れてはならない。帰ってあなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれでわたしのために小さいパン菓子を作って、わたしに持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。  主が地の面に雨を降らせる日まで  壺の粉は尽きることなく  瓶の油はなくならない。」  やもめは行って、エリヤの言葉どおりにした。こうして彼女もエリヤも、彼女の家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった。

マタイによる福音(マタイ5・13-16)

  あなたがたは世の光である

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

6月9日(月)

列王記(列王記上17・1-6)
  イスラエルの神、主の前に立っているエリア
〔その日、〕ギレアドの住民である、ティシュベ人エリアはアハブに言った。
「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう。」
 主の言葉がエリアに臨んだ。
「ここを去り、東に向かい、ヨルダン川の水を飲むがよい。わたしが烏に命じて、そこであなたを養わせる。」エリアは主が言われたように直ちに行動し、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに行き、そこにとどまった。数羽の烏が彼に、朝、パンと肉を、また夕べにも、パンと肉を運んできた。水はその川から飲んだ。



マタイによる福音(マタイ5・1-12)
  心の貧しい人々は、幸いである
〔そのとき、〕イエスは群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄ってきた。そこで、イエスは口を開き、教えられた。
「心の貧しい人々は幸いである、
   天の国はその人たちのものである。
 悲しむ人々は幸いである、
   その人たちは慰められる。
 柔和な人々は、幸いである、
   その人たちは地を受け継ぐ。
 義に飢え渇く人々は、幸いである、
   その人たちは満たされる。
 憐れみ深い人々は、幸いである、
   その人たちは憐れみを受ける。
 心の清い人々は、幸いである、
   その人たちは神を見る。
 平和を実現する人々は、幸いである、
   その人たちは神の子と呼ばれる。
 義のために迫害される人々は、幸いである、
   天の国はその人たちのものである。
わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

はじめに

 聖書(HOLY BIBLE)は神から選ばれた人たちによって記録されてきました。ですから、聖書を読むことで人は神からのメッセージを知ることができるのです。このブログの聖書本文日本聖書協会発行『聖書 新共同訳』(2000)を使用しています。またテキストはカトリック中央協議会の発行する《毎日のミサ》です。聖書を毎日読むのは・・・大変です。難しいし、なにより長い。旧約の創世記から始まって新約のヨハネの黙示録まで読むのは旧約では1日3章、新約は2章ずつ読んで1年間もかかります。《毎日のミサ》で《今日のみことば(聖書)》を読む・・・ことにしましょう。

 ☆ ミサ・・・キリストのミサ・・・そう《クリスマス》のこと。イエスがわたしたちの罪(死)のための救い主(キリスト=メシア)として誕生したのを喜ぶ日。《毎日のミサ》?全世界のカトリック(キリスト)教徒は毎日《クリスマス》を祝ってるの?・・・・・
 ・・・レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」・・・。イエスが十字架に掛かる前の夜、弟子たちと過ごした最後の食卓・・・そこで・・・食事の時、《パン》を弟子たちひとりひとりに裂き与えて、「これはわたしの体である。」・・・食事の後、《葡萄酒》を杯に満たして「これはわたしの血である。」・・・それから神の呪いの十字架・・・イエスの十字架の死はわたしたちの罪(永遠の死)のための身代わり・・・・・・・・・主の死を思い起こし、告げ知らせるための・・・・・・ミサ
                                                                 
Fujisan 

 ・・・神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。

独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。・・・新訳聖書 ヨハネによる福音書 3章16節 

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インド訪問の写真

  • 十字架
    2007年8月にESNACの里子たちに会いにインドの各地を訪問しました。スラムの子、捨て子、災害で親を亡くした子、ポリオで足が不自由で全く足で歩けない子・・・みんな笑顔で歓迎のパーティーは素晴らしいダンス・・・・そんなスナップです・・・ ・